孤独感に苦しむ人は

自分のそばに語り合う相手もなく、一人淋しく暮らすというのは耐えがたいことである。

いくら孤独を愛するといってもたまの二、三日はそれもよいが、十日や一カ月も一人ぼっちで暮らすことになったら、きっと孤独のやるせなさで気が狂いそうになってしまうに違いない。

そういうわたし自身も昭和二十九年の年の暮れに単身アメリカへ船出し、ハワイをふり出しに、ある時はマサチューセッツ州ケンブリッジに、あるいはコロラド州ボlルダlに居を定め、通算十一年余の海外生活を送っていた頃は、いやというほど孤独感にさいなまれていた。

今日のように往復切符を持ってジェット機でさっさとひとめぐりする海外旅行者と異なり、片道切符に何がしかの小銭だけを支給され、最低五年間は滞在せよというスポンサーとの契約で日本を飛び出し、アメリカに着いてからは帰りたくても帰れず、はじめの頃は生まれ故郷を離れた辛さでホームシックにかかり、仕事や勉強に手がつかず、時には幾晩も眠れないことがあった。

この運命を自分で選んだとはいうものの、どうして自分だけが苦しみ悩まねばならないのかと一時は人を恨み、自分をのろったこともある。

明治時代の探険家浦敬一氏は単身、一新彊に旅立つに際し、漢口で孤独のあまり「仰ぎて天に訴うるも天応えず、怖して地に訴うるも地声無し」と自分の心境を詠んでいるが、わたしも自分の苦悩を異国の空の下で誰に訴えてよいかわからなかった。

友人や仕事に救いを求めて、そこに安らぎを見出せる人はしあわせだと思う。

歌や涙や酒で癒される人もしあわせだと思う。

しかしそれでもなお満足できない自分はどうしてよいかわからなかった。

こうした最中にわたしの心の中に飛び込んできたのが、『無量寿経』にある。

独生独死、独去独来。

という言葉である。

「人間とは生まれた時も死ぬ時も、来るも去るもいつも一人ぼっちなんだ」というのである。

この一節によってわたしは痛烈な一撃をくわされた。

どこにいても一人ぼっちに変わりなく、故郷へ帰ったからといって、この事実が解消されるわけではない。

室生犀星は、「故郷は遠きにありて想うもの」とうたっているが、誰しも自分の生まれ育ったところを離れていると、望郷の念に駆られる。

しかし、帰郷が実現できたからといって、故郷に帰って一生しあわせに過ごせる保証はどこにもない。

むしろ「今、自分の立っているところが故郷なのだ」と考え、人間誰しも、どこでも孤独であるにもかかわらず、その孤独感を他人や環境のせいに転嫁せずにじっくり噛みしめ、心機一転して自分を独りであっても独りでない境地に高めることが大切ではないだろうか。

すると、いつの間にやら、心の不安が取り除かれ、腰をどっしりと落ち着けて自分の仕事にも身が入ることに気づいたのである。

「やけくそ」にならず「なにくそ」という勇気と自信もそこから湧いてきた。

遠い故郷への念をあの地ではなく、自分の心の中に求めてみるようになったのである。

われわれは人間である以上、自分のエゴを前面に押し出すと、孤独の影がつきまとうことは避けられない。

しかし真に孤独に徹すると、孤独であっても孤独でない境地が拓けてくるような気がしてならない。