親より先に死んだ子の罪は重い?

ところで、肝心の仏教である。

仏教では、キリスト教の反対を考えている。

親に先立って死んだ子どもの罪は大きい。

だから、子どもたちは三途の川を渡れない、とされている。

三途の川のこちら岸が、喪の河原である。

死者は、喪の河原から、渡し舟に乗って、向こう岸に渡るわけだ。

室町時代の人狗は、死後の世界(冥途)をそのように想像していた。

三途の川を向こうに渡れば、あの右名な間魔王がいて、死者の裁判をする。

そんな筋書きになっているのである。

だが、親より先に死んだ子どもは、その渡し舟に乗せてもらえないのだ。

寒い風の吹く餐の河原で、子どもたちは泣している“泣きながら河原の石を積んで.仏塔を造ろうとするのだ。

なぜなら、仏塔や寺院を建立して寄進するのは、布施という重要な仏道修行である。

幼くして死んだ子は、ほんの少しの布施もしていない。

それでせめて、河原の石を稜んでは、塔を造ろうとするのだ。

でもそんな塔でば駄目だこんな篭ば淵にならないl、と鬼がやって苓腰棒でもってその積んだ塔をこわしてしまう。

鬼は鉄棒でもって、子どもたちを打榔する。

子どもたちは泣いて慈悲をこうのだが、鬼はいっさいかまわずに子どもたちを責めるのだ。

どうして……?なぜ、鬼は子どもたちに無慈悲なのか?それは、子どもたちの罪が重いからである。

汝ら罪なく恩うかよことに子どもの罪科は母の胎内十月のうち苦州さまざま生れ出でxつとせいつなないちご三年五とせ七とせをわずか一期に先立って父母に歎きをかくること館一重きつ承ぞかしと、鬼は子どもたちに語っている。

自分の死によって親を嘆かせたのだから、それは自分の罪なのだ。

その自分の罪で、鬼たちに責められるのである。
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